ハルキをめぐる読みの冒険
NHKラジオ『英語で読む村上春樹』で、『ハルキをめぐる読みの冒険』と題したゲストインタビューがある。
そのコーナーで以前、臨床心理士の岩宮恵子氏が、心理療法の観点から村上作品について語っていた内容が、とても興味深かったので、氏の著作『増補 思春期をめぐる冒険:心理療法と村上春樹の世界 (創元こころ文庫)』を読んでみた。
(※放送されたインタビュー内容が収録された番組テキストは、こちら『NHKラジオ 英語で読む村上春樹 2017年 02 月号 [雑誌]』)
心のプロセス
岩宮氏によれば、村上春樹の描く物語の世界というのが、心理療法のプロセスに重なる部分が多いとのこと。これは感覚的に、何となくわかる気がする。
個人的には元々、村上作品はちょっと苦手で(参考:英語で読んだらすごさがわかってきた村上春樹)、それでいて、手に取って読み始めると、ぐいぐい読まされてしまうのだった。
(言ってみれば、『アンチ巨人』のような、屈折したファンなのかもしれない。いや、ファンじゃないけど)
が、それも、村上作品の世界観が、人間に備わっている心のプロセスに沿っている、と考えれば、ページを繰る手が止まらなくなるのも、なるほどそういうことか、と思うし、世界中で翻訳されて受け入れられているのも納得がいく。
ちなみに、別の回のインタビューで、『村上カフェ』と呼ばれるブックカフェ『6次元』のオーナー・ナカムラクニオ氏によれば、ロシア人もチベット人も「ムラカミは僕のことを書いてくれている」と言うのだそう。<NHKラジオ 英語で読む村上春樹 2017年 03 月号 [雑誌]>
向こう側の世界
さて、この本『増補 思春期をめぐる冒険:心理療法と村上春樹の世界 (創元こころ文庫)』は、思春期~と題されているけれど、単に一般的な意味での思春期を表しているのではない由。
そもそも思春期というのは、一定の年齢を区切った時期ではなく、「向こう側」からの侵入を受けた「こちら側」の自分が、「向こう側」とどう結びついて「こちら側」を生きていけばいいのかという問題に直面する時期だと考えたほうがいいだろう。
ここで言う『向こう側』が、言うなれば、村上春樹の小説によく登場する異次元の世界で、思春期体験と異界体験とはどこかで重なっており、自分の核と結びつこうとしている大人にとって、思春期の視点が重要な意味をもつとのこと。
下記の部分を読むと、著者の言わんとすることがよくわかる。
思春期の子どもと深くかかわっていると、どれが傷なのかわからなかった傷のありかがはっきりと際だつことがある。そして傷が傷としてはっきりするということは、曖昧なままでいい加減にかかわっていた世界とピントがきちんと合った状態で新たにかかわり直すことができる、ということでもある。
援助交際にはまる男性心理
そして、思春期をこじらせてしまうと、、
援助交際にはまる男性は、日常生活の中で何か手詰まりな状態に立たされている人が多いように思う。(中略)慢性化した傷とも言えない傷を抱えて、いろいろなものを損なっている人が、自分にとってとても大切な心の震えを取り戻したいと思ったとき、思春期の体験を呼び起こすことが必要となってくるように思う。そんなときもっとも手っ取り早く、姑息な方法で手に入る思春期体験が、思春期の子どもとの援助交際なのではないだろうか。
援助交際に関連した報道を見聞きするたび、エロ方面のタガが外れてしまったおじさんの話として切り捨ててしまっていたけど、実はもっと根の深い問題なのかもしれない。
さらに、
「こちら側」の目に見える世界が、わかりやすく浅薄な物語で支配されてしまう傾向が強くなればなるほど、どこかでその反動を引き受ける人たちが出てきているのだと思う。
というくだりを読んで、いたく納得。
臨床心理士である著者の洞察が、するどくてやさしい。
やはり時折、村上春樹を読んで、深い井戸の底でじっくりと自分を見つめなおした方がいいのかもしれない。
書籍情報
↓インタビュー内容が掲載されている番組テキスト
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